1.前624年 タレス ‐ 前460年 デモクリトス

万物の根源を水と考えた古代ギリシアの哲学者。
水は絶えず形を変え、消滅することなく無限に変転し、あらゆる生命を育み、全ての生命にとって不可欠な物質であるーーこのことからタレスは水を普遍的かつ根源的な物質であると考えた。
水を通常とは異なる特殊な物質とする考え方は古くから存在し、古代エジプトの創成期では世界の起源として、古代メソポタミアでは万病を癒す霊薬とされており、水を特別な存在であると考えるに至ったタレスの思想もまた古代ギリシア以前に存在したこれらの古代文明から大いに影響を受けている。
だが一切が水から生じ、水へと還るのであれば、その水は一体どこから来るのか?
【宇宙の始まり】や【生命の誕生】といった根源的な問いにも見られるこうした際限のなさ、繰り返しは「無限後退(原因から原因へ延々と遡れてしまう状態のこと)と呼ばれ、タレスの哲学もまたその例外ではなかった。
しかしタレスが生きていた時代とは、科学という概念すらなく、自然哲学さえ哲学とまだ分離していない時代であり、現代まで誰一人として到達出来ていない真理に彼が辿り着けなかったとしてもそれは彼一人の咎ではないだろう。
自然哲学がいつ始まったのかという問いは、実際のところ定かではなく、物事を自然のままに見るという見方自体は恐らくはタレス以前にも存在していたと考えられる。
しかしタレスの時代は幸運にもタレスの後に多くの人が彼の後に続き、それらが膨大な知識の記録として集積され、今日「自然哲学」と呼ばれる学体系を成すに至った。
その故のをもって我々は彼を”自然哲学の祖”と呼んでいるのである。
自然哲学とは実験によって仮説を証明する近代科学が誕生する以前の自然一般について考察する学問の総称である。
なおタレスが活躍したイオニア地方のミレトス(イオニアは今のトルコ西岸部で当時ギリシアの植民市)に彼に続いて現れた一連の自然哲学者達を一般に”イオニア学派”と呼ぶ。

万物の根源を「アペイロン(無限なるもの)」と考えた古代ギリシアの哲学者。タレスに続き「ミレトス」に現れた自然哲学者の一人。後のアナクシメネス、そして師であるタレスと共に”ミレトスの三賢者”と呼ばれている。
”アペイロン”とは物質の生成と統御を司る、この宇宙の始まり以前から存在したとされている根源的かつ不朽の物質である。もっとも”質量”や”資料”、あるいは”原理”と訳されることからもわかる通り、アペイロンは一般的な物質とは異なり、カオスな様なものとされ、半ば概念的な存在である。
タレスの弟子でもあり、また批判者でもあった彼は、師が答えることができなかった「水以前には何があったのか?」という問いに答える為に、”無限なるもの”によってその無限に終止符を打とうとしたのである。
既存の物質を離れ、人間の感覚には捉えきれないものに万物の根源を見出す姿勢に後の【原子論】の萌芽を予感させる。

万物の根源を「空気」と考えた古代ギリシアの哲学者。
古代ギリシアにおいて死人は息をしないことから、呼吸は生命そのものである考えられていた。このことからアナクシメネスは、生命が物体であるならば生命が吐く息もまた物体であると考え、万物を空気とする一元的な物質観を説いた。
古代において広く受け入れられていた物質(肉体)と精神(霊魂)という普遍的な二元論に対して、物質のみの一元論を説いたことから、「唯物論」の先駆者とされている。
なおアナクシメネスの物質観では、物質、すなわち空気は”濃さ”によって温度と形態を変え、薄くなると熱くなり、濃くなると冷え、熱くなると火に、冷えると水、そして土へと変化していくとされており、これはアナクシマンドロスの”無限なるもの”と比べると、現代の物質観の基礎である原子論からは些か離れているが、近世に至るまで長らく人々の自然観を圧倒していた【四大元素説】の原型がここに示されている。
タレス、アナクシマンドロスと共にミレトスの三賢人の一人とされている。

「万物は数なり」と説いたギリシアの数学者、哲学者。
タレスの住んでいた街イオニアに近いサモス(現トルコ西岸部)で「ピタゴラス学派」を形成したーーピタゴラス学派はピタゴラスが創始したれっきとした学術的集団・結社であり、この点でタレスを起源とし、半ば自然発生的に生じた「イオニア学派」とは異なっている。
彼は自ら発見した音階の法則を宇宙の法則に当てはめ、弦の長さの単純な整数比によって調和が生まれるなら、精妙な響きを持つ美しい音色から天体の運動に至るまで全ては同じ法則によって支配されていると考えた(”天球の音楽”と呼ばれるピタゴラスの中心思想)。
ピタゴラス自身の物理学への関与は定かではないが、いわゆる”ピタゴラス的”と称される、「円は完全な形であるから天体は円運動している」とか「いかなる自然機構も対称性を持つ」といった審美的な直観を自然界に適用する考え方の太祖として、自然哲学を始めとする様々な分野に大きな影響を与えた。

万物は「火」であると考えた古代ギリシアの哲学者。
脂は燃やすと煙が立ち、熱と光が発せられ、後には煤が残る。このとこからヘラクレイトスは、絶えず変化するものの象徴として万物の根源を火であると考えた。
ヘラクレイトスの説く”万物の根源としての火”は、物質そのものというよりむしろ象徴的であり、万物の根源が火であることに違いはないが、ヘラクレイトスにとっての真の根源は火という実体よりも脂の変化に象徴される火の持つ”変化”という性質の方である。
ヘラクレイトスの物質観において「変化」とは結果として生じる現象などではなく、世界のそもそもの前提であり、移り変わることそれ自体が世界それそのものであった。
故に彼は逆説的に「変化」という観念自体を認めていなかった。
何故なら絶えず変化すること自体が世界ならば、変化とは人間の感覚の中にしか存在しない錯覚に過ぎないからである。
この観念的なまでに徹底した流動性こそ、”同じ川には入れない”という言葉に要約される、「万物流転」と呼ばれるヘラクレイトス哲学の中心思想であるーー後の”実在論”に対する”観念論(物それ自体ではなく物を観る者の認識から論じる立場)”の先駆けであると言えよう。

前500年頃 ‐ 前428年頃 アナクサゴラス

万物の根源は「スペルマタ(種子)」と考えた古代ギリシアの哲学者。
スペルマタとは、色や形、味、香など様々な性質をもった様々な種類が存在し、この宇宙誕生以前から存在していたとされる万物を構成する最小の物質であり、さらにはこのスペルマタを「ヌース」と呼ばれる概念が包み込み、物体の運動を統御していると考えた。
ヌースは古代ギリシア語で、「理性」や「知性」を意味し、アナクサゴラスの物質観においては、万物に遍く包括的な秩序とされている。
物質と法則を総合し、半ばカオスの様な概念を提唱したアナクシマンドロスとは異なるが、万物の根源を非感覚的な物質として捉える姿勢は、彼の”無限なるもの(アペイロン)”、そして後の【原子論】を想起させる思想である。

前500年頃 ‐ ? パルメニデス

「エレア派の祖」とされる古代ギリシアの哲学者。
エレア派とは現在の南イタリアにあたる地域を発祥とする学派で、タレスらの「イオニア学派」と並んで古代ギリシアの自然哲学を牽引した存在である。
その主な特徴は、経験や感覚を徹底して排除し、「ロゴス(論理や言葉)」にのみ真理を求める姿勢にある。
パルメニデスは、変化や運動といった現象は全て感覚によるまやかしに過ぎず、本来的には物体は消えることも、生じることもなく、一切はただそこに「有る」のみであると説いた。
一切の変化を否定するこの思想は”不動の哲学”と呼ばれ、「一切は変化である」と説いたヘラクレイトスと真逆の立場であるが、「観念論(観る者の認識)」に立脚しているという点で両者は同じ立場に立っている。

前490年頃前 ‐ 430年頃 エンペドクレス

「四大元素説」を説いた古代ギリシアの哲学者。
四大元素説とは「アルケー(万物の根源)」を火、水、土、空気の四大元素をとする考え方である。
この四つの元素をエンペドクレスは「リゾマータ(根)」と呼び、元素同士が結合する力を「ピリア(愛)」、分離する力を「ネイコス(憎)”と呼んだ。
彼の説いた「四大元素説」の基本的な考え方はその後も受け継がれ、アリストテレスによって完成され、19世紀に至るまで人々の自然観にほとんど支配的な影響を及ぼした。
ピュタゴラス学派に学び、イレア派(パルメニデス)の教えを受けていたとされ、光速が有限であると初めて主張した人物とされている。

前490年頃 ‐ 前430年頃 ゼノン

パルメニデスの弟子として知られる古代ギリシアの哲学者。パルメニデスの「不動の哲学」を受け継ぎ、彼を擁護する為に以下の思考実験を試みたとされている。

”アキレスの速度を v とし、亀とのハンデを L とする。亀の出発点から-L の地点からアキレスは亀と同時に出発する。アキレスが亀のいた出発点に到達するのに T 秒 を要したとするならば、亀はアキレスの前方に(亀の速さ×T)だけ進んでいる。 いま、話を簡単にするために、亀の速度はアキレスの 1/2 だとすれば、亀はアキレ スの 1/2vT だけ前方に進んでいる。アキレスが亀のいる地点に追いつくと亀はさら に 1/4vT だけ前方に進んでいる・・(筑波哲学【ゼノンの逆理とアリストテレスの誤謬】上田徹)”

上記は現代的な表現に改められているが、「アキレスと亀」として知られているこの説話は、数学的には無限回繰り返すと追い付かれることが論証されているが、感覚だけでは捉えきれない論理の存在の一端をここに垣間見ることが出来る。

前440年年頃 ‐ 前430年頃(活動時期)レウキッポス

デモクリトスの師とされている古代ギリシアの哲学者。彼が「アトム(原子)」という言葉を用いて説いた「原子論」が、後のデモクリトスの「原子論」の基礎になったとされている。生没年は不詳であるが、エレアに赴きパルメニデスとゼノンに学んだとされている。
彼の主張によれば、世界は「原子(アトム)」と「空虚(ケノン)」に分かれており、原子が何もない空間に落ち込むことで結合と分解が生じ、原子は物体という形で顕現化するとされている。
現代科学において「「完全に何もない空間」というのは認められていないが、「完全な空虚」はレウキッポスとデモクリトスに共通する思想である。
両者の最も大きな違いは、デモクリトスが、空間は原子が運動する為の場に過ぎず、原子そのものが動因を持っていると考えていたのに対し、レウキッポウスは空間が原子に動因を与えていると考えていた点である。

前460年頃 ‐ 前370年頃 デモクリトス

「原子論の祖」とされる古代ギリシアの哲学者。万物の根源は分割不可能な物質「アトム(原子)」であると考えた。
デモクリトスの”原子論”における原子は、一様な性質と様々な形を持ち、物体のあらゆる性質と諸状態をその配列によって決定する万物の最小単位である。
彼の原子論は古代ギリシア以来永らく省みられることはなかったが、19世紀のドルトンによって再発見され、近代原子論、原子核物理学を経て、現代素粒子論へと至る【原子論】の系譜の端緒となった。