物理学史

第一章

1.自然哲学の始まりから原子論まで

前624年頃 – 前546年頃 タレス

万物の根源を水と考えた古代ギリシアの哲学者。水は絶えず形を変え、消滅することなく無限に変転し、あらゆる生命を育み、全ての生命にとって不可欠な物質である。このことからタレスは水を普遍的かつ根源的な物質であると考えた。
水を通常とは異なる特殊な物質とする考え方は古くから存在し、古代エジプトの創成期では世界の起源として、古代メソポタミアでは万病を癒す霊薬とされていた。
水を特別な存在であると考えるに至ったタレスの思想もまた古代ギリシア以前に存在したこれらの古代文明から大いに影響を受けている。
だが一切が水から生じ、水へと還るのであれば、その水は一体どこから来るのか?
【宇宙の始まり】や【生命の誕生】といった問いにも見られるこうした繰り返し、際限のなさを、「無限後退(帰結と原因が循環してしまう状態のこと)」と呼ぶが、タレスの哲学もまたその例外ではなかった。
しかし彼が生きた時代は、科学という概念すらなく、自然哲学さえまだ哲学と分岐していない時代であったのだから、現在に至るまで誰一人として辿り着けていない真理に彼が到達できなかったとしてもそれは彼一人の咎ではないだろう。
実際のところ、自然哲学がいつ始まったのかは定かではなく、タレス以前にも彼と同じ様に考えた人はいたかも知れない。しかし「ミレトス派」に始まる後の後継者達が彼に続いたことによって自然哲学は一つの学体系を成すに至ったのである。
哲学から分かれて今日の「物理学」へと続く道を切り拓いた功績を称えて、我々は彼を”自然哲学の祖”と呼んでいる。
自然哲学とは実験によって仮説を証明する近代科学が誕生する以前の自然一般について考察する学問の総称である。

前610年頃 – 前546年頃 アナクシマンドロス

万物の根源を「アペイロン(無限なるもの)」と考えた古代ギリシアの哲学者。タレスに続き「ミレトス」に現れた自然哲学者。
ミレトスは現在のトルコ西岸部にあたる古代ギリシアの植民地であり、多くの自然哲学者を輩出したことから、この地で活躍した自然哲学者達を一般に「ミレトス派」と呼んでいる。古代の物理学のいわばメッカである。
アナクシマンドロスの「アペイロン(無限なるもの)」は、物質の生成と統御を司り、この宇宙の始まり以前から誕生した不朽の存在であるとされている。
タレスの弟子でもあり、また批判者でもあった彼は、師が答えることのできなかった「水以前には何があったのか?」という問いに答える為に、”無限なるもの”によってその無限に終止符を打とうとしたのである。
「基質」や「質料」、あるいは「原理」とも訳されるこの概念は、物質なのか端に抽象的な概念なのか定かではないが、感覚だけでは捉えきれない存在に万物の根源をみる姿はどことなく後の【原子論】の萌芽を予感させる。

前585年頃 – 前525年頃  アナクシメネス

万物の根源を空気と考えた古代ギリシアの哲学者。
古代ギリシアにおいて死人は呼吸をしないことから、息は生命そのものであるとされていた。そこからアナクシメネスは、生命が物体であるならば生命が吐く息もまた物体であると考え、万物の根源を空気とする一元論を説いた。
そしてアナクシメネスの物質観では、この空気が、「濃さ」によって温度と形態を変え、薄くなると熱くなって火となり、濃くなると冷たくなって水となり、より濃くなるとさらに冷え、ついには土なるとされている。
近世に至るまで長らく人々の自然観を圧倒していた【四大元素説】の原型がここに示されている。
タレス、アナクシマンドロスに続いて現れたミレトス派の一人であり、彼らと共に”ミレトスの三賢人”と呼ばれている。
また古代において広く受け入れられていた物質(肉体)と精神(霊魂)という普遍的な二元論に対して、物質のみの一元論を説いたことから、「唯物論」の先駆者とも呼ばれている。

前582 – 前496年頃  ピュタゴラス

「万物は数なり」と説いたギリシアの数学者、哲学者。
タレスの住んでいた街イオニアに近いサモス(現トルコ西岸部)で、「ピュタゴラス学派」を形成したことで知られている。ピュタゴラス学派は、半ば自然発生的に生じた「イオニア学派とは異なり、ピュタゴラスが創始したれっきとした学術的集団・結社である。
彼は、音階の法則を発見し、弦の長さの単純な整数比によって調和が生まれるなら、精妙な響きを持つ美しい音色から天体の運動に至るまで全ては同じ法則によって支配されていると考えた。
それが「天球の音楽」と呼ばれる数の規則性でこの宇宙全体の法則を説明しようとするピュタゴラスの中心思想である。
ピュタゴラス自身の物理学への直接の関与は定かではないが、いわゆる”ピュタゴラス的”と称される、「円は完全な形であるから天体は円運動している」とか、「いかなる自然機構も対称性を持つ」といった審美的な直観を自然界に適用する考え方の太祖として、自然哲学を始めとする後世の万学に大きな影響を与えた。

前540年頃 – 前480年頃 ヘラクレイトス

万物は火と考えた古代ギリシアの哲学者。
脂を燃やすと煙が立ち、熱と光が発せられ、後には煤が残る。このとこからヘラクレイトスは、絶えず変化するものの象徴として万物の根源を火とみなした。
彼は、「変化」とは世界の結果として生じる現象などではなく、世界の前提であり、移り変わることそのものが世界なのだと考えた。
それ故に逆説的に「変化」という観念自体を認めていなかった。
何故なら絶えず変化することが世界そのものならば、変化とは人間の感覚の中にしか存在しない錯覚に過ぎないからである。
タレスの「水」やアナクシマンドロスの「アペイロン(無限なるもの)」とは異なる、この徹底的なまでに流動的な観念性こそ、「同じ川には入れない」という言葉に要約されるヘラクレイトスの「万物流転」の哲学であるーー「物体とは何か?」を「物体を観る者の認識」から論じるこの立場こそ後の【実在論】に対する【観念論】である。

前500年頃 – 前428年頃 アナクサゴラス

万物の根源は「スペルマタ(種子)」と考えた古代ギリシアの哲学者。
スペルマタとは、色や形、味、香など様々な性質をもった様々な種類が存在し、この宇宙誕生以前から存在していたとされる万物を構成する最小の物質である。
そしてこのスペルマタを「ヌース」と呼ばれる概念が包み込み、物体の運動を統御していると考えた。
ヌースは古代ギリシア語で、「理性」や「知性」を意味し、アナクサゴラスの物質観においては、万物を包括する総体的な秩序とされている。
物質と動因をハッキリと区別している点でアナクシマンドロスとは異なるが、非感覚的な物質に万物の根源を求める姿勢は彼の「スペルマタ(無限なるもの)」に通じるものがあり、後のデモクリトスの【原子論】を想起させる思想である。

前500年頃 – ? パルメニデス

「エレア派の祖」とされる古代ギリシアの哲学者。
エレア派とは、現在の南イタリアにあたる地域を発祥とする「イオニア学派」と並んで古代ギリシアの自然哲学を牽引した学派である。その主な特徴は、経験や感覚を徹底して排除し、「ロゴス(論理や言葉)」にのみ真理を求める姿勢にある。
パルメニデスは、変化や運動といった現象は全て感覚によるまやかしに過ぎず、本来的には物体は消えることも、生じることもなく、一切はただそこに「有る」のみと説いた。
ある意味では世界はすでに完結していると主張するこの一種独特な思想は、「不動の哲学」と呼ばれ、その本質は「一切の変化の否定」にある。
これは「一切は変化である」と説いたヘラクレイトスと真逆の立場であるが、物質に対する物の見方、認識に対する反駁という点で、逆説的に両者は同じ観点に立っている。

前490年頃 – 前430年頃 エンペドクレス

「四大元素説」を説いた古代ギリシアの哲学者。ピュタゴラス学派に学び、イレア派(パルメニデス)の教えを受けていたとされている。
四大元素説とは「アルケー(万物の根源)」を火、水、土、空気の四大元素をとする考え方であり、この四つの元素をエンペドクレスは「リゾマータ(根)」と呼び、元素同士が結合する力を「ピリア(愛)」、分離する力を「ネイコス(憎)”と呼んだ。
彼の説いた「四大元素説」の基本的な考え方はその後も受け継がれ、アリストテレスによって完成され、19世紀に至るまで人々の自然観にほとんど支配的な影響を及ぼした。
また光速が有限であると初めて主張した人物であるとされている。

前490年頃 – 前430年頃 ゼノン

パルメニデスの弟子として知られる古代ギリシアの哲学者。パルメニデスの「不動の哲学」を受け継ぎ、彼を擁護する為に以下の様な思弁を行ったとされる。

”アキレスの速度を v とし、亀とのハンデを L とする。亀の出発点から-L の地点からアキレスは亀と同時に出発する。アキレスが亀のいた出発点に到達するのに T 秒 を要したとするならば、亀はアキレスの前方に(亀の速さ×T)だけ進んでいる。 いま、話を簡単にするために、亀の速度はアキレスの 1/2 だとすれば、亀はアキレ スの 1/2vT だけ前方に進んでいる。アキレスが亀のいる地点に追いつくと亀はさら に 1/4vT だけ前方に進んでいる・・(筑波哲学【ゼノンの逆理とアリストテレスの誤謬】上田徹)”

「アキレスと亀」として知られているこの説話は、数学的には無限回繰り返すと追い付かれることが論証されているが、感覚だけでは捉えきれない論理の存在の一端をここに垣間見ることが出来る(なお上記は現代的な表現に改められている)。

前440年年頃 – 前430年頃(活動時期)レウキッポス

デモクリトスの師とされている古代ギリシアの哲学者。彼が「アトム(原子)」という言葉を用いて説いた「原子論」が、後のデモクリトスの「原子論」の基礎になったとされている。生没年は不詳であるが、エレアに赴きパルメニデスとゼノンに学んだとされている。
レウキッポスの主張によれば、世界は「原子(アトム)」と「空虚(ケノン)」に分かれており、原子が何もない空間に落ち込むことで結合と分解が生じ、原子は物体という形で顕現化するとされている。
現代科学において「「完全に何もない空間」は認められていないが、「完全な空虚」はレウキッポスとデモクリトスに共通する思想である。
両者の最も大きな違いは、デモクリトスが、空間は原子が運動する為の場に過ぎず、原子そのものが動因を持っていると考えていたのに対し、レウキッポウスは空間が原子に動因を与えていると考えていた点である。

前460年頃 – 前370年頃 デモクリトス

「原子論の祖」とされる古代ギリシアの哲学者。万物の根源は分割不可能な物質「アトム(原子)」であると説いた。
デモクリトスの「原子論」における原子は、一様な性質と様々な形を持つ、物体のあらゆる性質と諸状態をその配列によって決定する万物の最小単位である。
彼の原子論は古代ギリシア以来永らく省みられることはなかったが、19世紀のドルトンによって再発見され、近代原子論、原子核物理学を経て、現代素粒子論へと至る【原子論】の系譜の端緒となった。